「やります」で止まる計画は、数字に責任を持てません
施策を並べただけの計画は、やることの一覧であって計画ではありません。どの指標をいくつ取れば売上がいくら動き、目標とのギャップが埋まるのか。5 co.はそこまで数字でつないでお見せします。
施策を並べただけの計画は、やることの一覧であって、計画ではありません。その施策でどの指標をいくつ取れば、売上がいくら動き、目標とのギャップが埋まるのか。そこまで数字でつないで、はじめて計画になります。5 co.がブランドオーナーにお見せする資料は、この形でそろえています。
「これをやります」で止まると、数字に責任を持てません
年末の大型セールに向けて、ある部署が計画を出しました。目標とのギャップを埋めるために、セール前の助走期間に広告を強める。施策そのものは具体的で、やることははっきりしていました。
それでも、私はこの計画を計画と呼びませんでした。どの施策が売上目標のどれだけを担うのかが、どこにも書かれていなかったからです。
施策を並べるだけの資料は、やるだけで数字の責任を負わない資料になります。実行した証拠は残りますが、目標に届かなかったときに、どこが足りなかったのかを指せません。全部やりました、でも届きませんでした——そう報告するしかなくなります。報告を受けた側も、次に何を変えればよいのか分かりません。
責任を持つというのは、気持ちの問題ではありません。自分が動かす数字を先に宣言しておく、ということです。宣言があれば、途中でずれたときに気づけます。気づけば、配分を組み替えて取り返せます。
助走期間の施策が、いきなり売上をつくることはありません
ここで大事なのは、セール前の施策は、それ自体が売上を生むわけではないということです。
助走期間にやるのは、商品ページを見てくれる人を増やすことです。その人たちが、先行期間にどれくらいの割合で買うのか。そこでいくら売れるのか。本番でさらにいくら積み上がるのか。そして、それらを足したとき、目標とのギャップは埋まるのか。この順につないで、はじめて助走期間の施策が売上の話になります。
ここで追う指標を、私たちはKPI(目標に近づくために追う指標)と呼んでいます。助走期間でいえば、商品ページの閲覧数がそれにあたります。閲覧数そのものは売上ではありません。けれども、閲覧数と購入率と単価の関係が分かっていれば、閲覧数をいくつ取ればいくら売れるかは見当がつきます。その見当を資料に書くかどうかが、計画と一覧の分かれ目です。
助走期間の施策が、売上とギャップにつながるまで
つなぎ方は、ざっくりでかまいません
こう書くと、精密な計算を求めているように聞こえるかもしれません。そうではありません。
細かい粒度は、運用の管理表で詰めれば十分です。どの広告にいくら配分し、どの指標を日々どう見るか。そこは実務の側に任せます。ブランドオーナーへの説明で必要なのは、「助走期間にこの指標をここまで取れば、本番でこれだけ売上が積み上がり、ギャップを埋められる」という接続です。桁が合っていて、考え方が追えればかまいません。
ざっくりでよい、と申し上げるのには理由があります。精密さを求めると、資料をつくる側は数字が固まるまで接続を書けなくなります。書けないまま会議が来て、また施策だけが並びます。ざっくりでも接続があれば、議論はその場で始まります。閲覧数の見込みが甘いのではないか、購入率はもう少し見てよいのではないか——話し合う場所がはっきりします。
接続が1枚あることの値打ちは、正確さよりも、ずれたときに気づけることにあります。助走期間の途中で閲覧数が計画に届いていなければ、本番を待たずに配分を組み替えられます。接続がなければ、ずれていること自体に気づけません。
置くのは、自分たちが動かせる指標です
もうひとつ、私たちが守っていることがあります。追う指標には、自分たちが動かせるものを置く、ということです。
KR(Key Results=主要な成果)に、自分たちの力では動かせない指標を並べても、次の施策は決まりません。動かせない数字を見つめている時間は、何も生みません。広告経由の売上のように、自分たちの配分と運用で動かせる指標を置くからこそ、うまくいかないときに組み替えて取り返せます。
「これをやります」は、出発点としては正しいのです。足りないのは、その先の一文です。それをどれだけやれば、売上がいくら動き、ギャップが埋まるのか。この一文を書けるようになることが、私たちが仕事の中心に置いているスキルです。
5 co. 代表取締役CEO 若松武志
← Insights一覧へ